You and for me

#今朝(6/27)起きた直後にメモ書きした内容をそのままお送りします.

朝起きたら泣いていた。
昨晩(6/26)遅くまで、マイケルの歌を聴いていたからかもしれない。

昨日は家に帰ってから、彼の歌の中で唯一歌える曲「Heal the World」
をCDで掛けて歌ってみた。クライマックスの合唱部分まで来ると、
こみ上げる涙をおさえきれなかった。

それはきっと、マイケルの存在は私の高校生活そのものだからだ。


高校一年の時、放送部室でマイケルのプロモーションビデオを見ながら
踊っている先輩がいた。その頃、新入部員は私だけという心細い中、
初めてこの部活に入ってよかったと思った。

その年のNHK杯全国高校放送コンテスト、いわゆる高校放送部の
甲子園に出品した報道番組は思い出深い。
制作した番組のテーマは“駅前の自転車違法駐車問題”という
真面目な内容だったが、取材を通じてわき上がった“怒り”を表現
するため、エンディングで先輩達とダンスを披露した。
コンテスト当日、NHK審査委員の評価はおおむね

「内容は良かったが、エンディングのダンスシーンは余計」

というコメントだった。
ただ、私達の中での達成感、そして年齢を越えた団結力は確固たる
ものとなった。今思えば、この番組が全国大会上位入賞して、全国
放送されなくてよかったと心から思う。

その後も放送部一色の生活を過ごすが、マイケルはいつも側にいた。
というのも、顧問の先生の前髪が少しウェーブが掛かっているという
理由から先生のニックネームが「マイケル」だったからだ('04.5.15)

高校卒業後も1996年の日本公演“HIStory Tour”に行くことができた。
東京ドームの前に建てられた巨大なマイケル像の横で同じ格好で
立ったりもした。ライブ終了後に露店で購入した「MJタオル」はいまだ
タンスに入っている。


そんなマイケルが突然いなくなってしまった。
これだけは言える。マイケルにまつわる私達の思い出は、いつまでも
消えることはない。同じ時間、同じ時代を過ごせたことに感謝します。
ありがとう。マイケル、どうぞ安らかに。


(2009年6月27日) ozy-
#111
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